ひとりごとの最近のブログ記事

マリング三周年記念パーティのご案内。

日付 11月25日(金)、26日(土)
時間 18:00~24:00 出戻りなどももちろんOKです。

会費 5,000円。時間無制限飲み放題食事付き。
お酒やお食事、おつまみなどの持ち込みも大歓迎です。(^-^)

99%ダイバーばかり集まるパーティとなりますので、半ばダイバー同士の交流会という意味合いも兼ねて開催させて頂ければと思います。

皆様、お忙しいかとは思いますが一緒にマリングの3周年をお祝いして頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1792804584&owner_id=5657327

最近の西伊豆での写真をアップしました。
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?owner_id=5657327&album_id=500000042265139

ほんとネタ豊富で楽しすぎです。
今は伊豆が本当に面白すぎ楽しすぎ♪


明日からマブール・シパダンツアーです。
10人でワイワイ遊んできます。むっふっふ。

オイラの居ないマリングは例によって、しのっち。の悪口公認です。
kimiちゃん、やよいちゃん、haruちゃん、かおりちゃんの4人が通常通りお店を開けてくれます。

しのっち。の居ないマリングを目いっぱい楽しんでくださいまし~~♪

三年前の今日、15:00にマリングは産声をあげました。
当時ダイバー仲間に囲まれて毎晩飲み、毎週伊豆へ潜りに行き、毎月遠くへ潜りにも行っていました。

この仲間たちとずっとずっと遊んでいたい。
もっともっとダイバー仲間を増やしていきたい。
みんなにもダイバー仲間を増やしてもらいたい。
もっともっとダイビングを好きになってもらいたい。
この最高の遊びをずっとずっと続けていってもらいたい。

その為に私には何ができるのだろう?

その想いが形になったもの。それがマリング(海仲間の輪)です。

海のマリンに仲間の輪のリングを合わせてマリング。
私が、そしてみんなが海仲間の輪を創る場所になって欲しい。そう願って三年間マリングの運営を続けてきました。

今後一層よりみんなが楽しめる空間を創るべく励んでいきたいと思います。

三周年のパーティは10月に改めて企画しようかと思いますが、今晩関東に残っている方、お時間のある方、ちょこっとだけ顔を見せてくれて一緒に乾杯していただけたら嬉しいなぁ~。

母親。

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未だにやたらと色々な方から以前書いた日記について感想を頂くので、
この際追悼の意も込めて、母親について書いてみようと思う。


私の母親は彼女が当時36歳の冬に倒れ、そのまま息を引き取った。
私が10歳の時である。

それは突然やってきた。

当時、私たちの家庭内は非常に険悪であった。完全なる家庭内別居。
私にとって家族揃って食卓を囲うという経験はほとんど皆無。
両親の不仲に加え共働きということもあり、朝に作られとっくに冷たくなったおかずをレンジで温め、弟と二人で食べる夕食。そしてその後のお皿洗いが日課だった。


そして何かある度に話しに出る離婚話。長男だったこともあり私の奪い合いが幾度も繰り返される。物心ついた時にはすでに父親と母親のどちらについていくかを選択せねばならない環境にあった。

弟と二人、

『お父さん、お母さん、お願い。仲良くして。』

っと泣きながら懇願したこともあった。


父親は子供を何処かに遊びに連れていくということを一切しない人間だった。
それが何故なのかは未だに全く解らない。何か理由があったのであろうと思いたい。


ある日の大きな夫婦喧嘩の後、母親が

『忍、貴志ごめんね。気晴らしに遊びに行こうね。』

っと12月6日(日)に私の同級生と私たち兄弟、そして母親の四人でスキーに連れていってもらった。

当時子供の頃から様々な運動をしていて、冬には小樽の天狗山に三泊四日のスキー学校にも毎年通わせてもらっていたので、連れの友人と共にスキーは大人に負けないくらいズバ抜けて上手だった。
母親はまだまだぎこちなく、ボーゲン(八の字でゆっくり滑る方法)をやっと卒業できるかどうかというところ。

母親をおいて私たち子供チームはガンガン滑っていた。

途中スキー場ですれちがった際に母親から珍しく、

『忍、スキー教えてよ。』

っと言われた。


ガンガン滑りたかった私は、簡単にちゃちゃっと教えて、

『後は一人で練習してなー!』

っとまた勝手に飛ばしゲレンデに消えていった。


これが私が見た母親の最後の元気な姿となった。


夕方になり待ち合わせ時間に待ち合わせ場所に現れない母親を不思議に思い、駐車場に向かってみると車内で寝ている母親の姿があった。

一人で滑っている最中、突然ハンマーで殴られたかのようなガーンという痛みがあり、そのまま頭痛が治まらず車内で休んでいたという。

私たちはそれほど気にも止めず、『んじゃー帰ろー。』っと母親に運転を任せ帰宅した。

数日後の12月10日。

小学校が終わり、公文式(算数の塾)から帰宅した私を迎えたのは、ベットの上で唸り声をあげて嘔吐し倒れている母親の姿と、嘔吐物を掃除している弟であった。

どうしていいか判らずにうろたえる私達兄弟。
呻き声と 『あたま痛い・・・。』 を繰り返し、嘔吐し続ける母親に何をしていいか解らなかった。
時おり起き上がりトイレに嘔吐しにいく母親。
立ち上がるがまともに歩けるはずもなくすぐに倒れてしまう。


私達は隣の同級生のお母さんへ助けを求めた。
駆けつけてくれた近隣のオバさんもどうしていいか判らずにうろたえていたところに父親が帰宅。

ろくに言葉も交わせなくなっている母親に向かって父親が吐いた言葉は叱咤だった。


『順子っ!どーした?痛いじゃわからんだろっ!バカモンっ!』


冷たい。冷たすぎる言葉だ。


余談だが、この時の冷たすぎる父親の態度と怒声に嫌悪感を抱き続け、ついに私は17歳で当時通っていた高校を辞めて全てを捨てて家を出る事となる。
完全に縁を切った状態の父親と和解に至ったのは父親が大腸ガンで倒れる十数年後のこと。

その後、救急車を呼び母親を病院へ連れていくことに。


父親と隣のオバちゃんに方を担がれ歩いていく母親が、私達に残した最後の言葉。


『忍、貴志。晩ごはん作ってあげられなくてごめんね。』


死の淵の苦しみを味わいながら最期の最期まで子供達の心配をしていた。
あの顔と言葉は26年経った今でも鮮明に思い出す。

母として、女として最高の女性だったと客観的にみてもそう思う。
近所でもPTAでも評判の肝っ玉美人かーちゃんだった。
私が万引きで捕まっては泣きながら方々に土下座巡業し、ケンカして相手の子を傷つければ私を引きづり廻して事情を聞きにいく。
部活を見に来れば泣きながら応援し、学芸会を見に来ればやはり泣きながら最前列でカメラを構える。

何においても子供最優先の母親だった。その母親が幼い子供達を残し先に旅立たねばならないとは、さぞかし心残りだっただろう。


救急車で病院をたらい回しにされ、最終的に受け入れてくれた病院は、【白石脳神経外科】自宅から車で30分くらいの場所だ。


どうやら脳内の動脈に腫瘍ができていて、少しずつ大きくなり、ついには動脈を塞いでしまって破裂したとの説明を父親から聞いた。


後日、私が30歳になったという理由で親戚から本当の死因を聞いたのだが、子供の頃の父親からの折檻、暴力で脳内に腫瘍ができてしまっていたという。

ちなみにその父親(私のおじいちゃん)は母親の死後10年ほど経ったのち、自らの食道ガンを苦に病院内で自殺した。

緊急入院と手術の一週間後。

私達兄弟を母親の病室に連れ、ひとしきり母親の姿を見せたあとに、
祖母が 『お菓子買ってあげるからデパートに行こう。』
というあまりにも不自然な外出を強制される。

外出後、あまりにも不審に感じ、

『お菓子なんか要らないから病院に戻るっ!!』

っと駄々をこねたのだがなかなか戻してくれない。

最大の胸騒ぎ。何かが起きているに違いない。

隙を見て走って戻った病室で私の目に飛び込んできたのは、
人工呼吸器や心電図など全ての機器を外された母親の姿と周りで母親を取り囲むように集まり泣いている親族達。


つまりはそういう事だったのだ。

脳死からの安楽死。

まだ生きている母親を遺族の意識で殺す。
その光景を子供達に見せられないという親族達の気持ちも分かるが、
母親の死に目を騙すようにはぐらかされた息子達の気持ちが解るだろうか。
呆然と立ちすくむ事しかできない私達兄弟。
状況を理解、把握しようとすることで精一杯なのだ。
悲しみという感情なんて出てきやしない。

状況が理解できた後に沸き上がる感情は憎悪。
全ての大人達を信用できなくなってしまう。悲しみより憎しみが色濃く残る。


そして父親とはこの日を境に決定的に険悪となる。
10歳にして母親とは物理的に、父親とは精神的に孤立してしまった。


初七日はクリスマスイブ。
世間の喧騒やお祝いムードは何だか完全に他人事に感じられた。

正直、母親が他界した直後はそれほど悲しくはなかった。イマイチ実感がなかったのだ。
どこか嘘のような、どこか夢の中のような、どこかリアリティーがなく、どこか現実離れした他人事のような。
寝て起きたらいつものように朝御飯を作り、惰眠を貪る私を起こしに来てくれるような。

寂しさと悲しさが急に襲ってきたのは数年後の思春期の頃かもしれない。
こんなとき母親がいればとか、こんなとき相談できればとか、急に母親がいないということをリアルに感じられた。


私の中で後悔と反省が幾つも残っている。


母親に『スキーを教えて』と請われてほぼ無視してしまった事。
タイミングを逃すともう二度と教えてあげることができない。


次に、倒れている母親に対して無力すぎたこと。
何をしていいのかも判らずにうろたえることしか出来なかった。
もしかするとあのオロオロしていた2時間に適切な処理ができていれば助けられたのかもしれない。
少なくとも救急車を呼ぶくらいはできたはずだ。

そして、スキー場から真っ直ぐ病院に無理矢理にでも連れていければ助かっていたのかもしれない。


私がダイビングのインストラクターや経営者としてスタッフの教育を続けているのはこういう事も理由の一つなのかもしれない。
教えることができる喜びと伝えるタイミングとチャンスがある喜び。そして使命感が私の中に強く居座る。
EFRやレスキューなどもいざという時に大切な知識と技術。それが自分自身や大切な方の人生の分かれ目になる可能性だってある。


後日解った事からの戒めは、何があっても女性と子供に手をあげてはいけないということだ。それが死因だなんて後悔にも程があるだろう。
家庭内暴力は連鎖する。私も母親からかなりの折檻を受け教育されてきた。
その負の連鎖は私の代で絶ち切らねばならない。
私は決して女性と子供には手をあげないと亡き母親に誓う。

言葉を覚えるまでは人の子といえどもただの動物。
しかし、言葉を覚えたあとは人間としての躾と教育をする必要があると思う。
言葉と態度による躾と教育だ。
愛情と熱意、そして根気があればできると信じている。


最後に私は家族を持つということの責任感が人一倍大きいのかもしれない。
子供の頃から暖かい家庭というものに恵まれなかった私は家族を持つということがイマイチ実感がない。
そして、壊れるような家庭は決して作りたくない。
その際に一番傷つくのは子供達だということを痛いほど知っているからだ。

最近になってようやっと家族を持つことや結婚というものを現実的に考えるようになった。
暖かく明るい家庭を作り上げてみたいと願うようにもなってきた。
私自身の将来的なヴィジョンができつつあり、体制が整いつつあるのかもしれない。
もうそんな歳なのだろうか。

現在、新宿にてバーとダイビングショップの経営をしている。
二つ以上の事業を同時にこなすのは時間的にも肉体的にもキツい。
睡眠時間を削って働くことも多い。
私自身の休日なんて年に十数日あればいいほうだ。

そんな私をみて、タフだとか元気だとか、生き急いでいるとか感じる方が多いようだ。
あまり本人はそう思っていないのだが、身近な人間の早死にの数々を目の当たりにしてきた私は、
人生の残り時間が限られたものであるという事を人一倍感じとっているからなのかもしれない。

その時その時を精一杯動き、精一杯楽しみ、精一杯苦しみ、精一杯産み出す。
そこに妥協はない。
同じ結果、同じ着地点でも、妥協からの結果では満足度が著しく低いものとなってしまうことを知っているからだ。
そして独りで産み出すことより多くの人間と共に動き産み出す方が、多くの達成感と喜びを得られることも知っている。


最後に、改めて今読み返してみるとかなり不幸な子供時代を過ごしたな~っと感じられる。
が、本人たちは至ってそんな事はないことを付け加えておく。
ジェットコースターのような浮き沈みはあるが、至って楽しく幸せな人生を過ごしていると思う。


母親に年齢が追いついた今、ふと原点に立ち帰りたくなり、明け方酔った勢いで書きなぐってみた。

過去を思い出しながら書いていたら、酔った勢いもあり珍しく号泣してしまっていた事は誰にも内緒の方向でお願いします。(人´ω`)


泣き虫しのっち。でした。

P.S
久々の日記はちょいと真面目な内容になってしまったので、次の日記はシモネタ全開でお届けしようかと思います。それはそれで引いちゃいやよ?(*^_^*)

先日、東北への支援物資(お味噌)をみんなに協力して頂き、
スキルアップ寺子屋の和尚ことテラさんや八幡野ダイビングショップ海好きのふくちゃん・かわっきー、
そして現地で支援活動をしているTSUNAGARIのかっつん、ひでろ~さんと共に届けてきました。


現場、現地ではオイラたちの想像の斜め上を行くようなものが不足しています。


そこで、ダイバー支援物資第二弾!!


様々な日用品や消耗品などを詰め合わせにして
集合避難所から仮設住宅へ移る方々へお渡しできる【日用品詰め合わせセット】を創ろうと思います。


避難所から仮設住宅へ移ると
行政からの支援などが一切受けられなくなるようです。
自分たちで物資を探し、自分たちで物資を調達しなければならないのです。

この詰め合わせセットは仮設住宅へ移り住んですぐに喜ばれるモノになること間違いありません。

このプロジェクトには色々な支援団体や個人、会社などがご協力してくれているようで

マリング的には

="large">【料理酒】と【味の素】

の二種類を担当させて頂くことになりました。


へ~~~!!そこか~~~!!ってな物資じゃない??

それが無くても死なないけど、なきゃ困るというか生活に必要な物資。

現地の方々から直接聞き取りをして選んだ支援物資だそうです。


またまた皆さんにご協力お願いしたいのですが
料理酒と味の素。小さいもので構いませんし、どちらか一つでも構いません。

最低50個ずつ(それ以上であればもちろん尚良し)を集めます。
マリングご来店の際にちょこっと購入してお持ち頂けると助かります。
コンビニやスーパーにちょいと立ち寄ってお持ち頂けると非常に嬉しいです。

八幡野の海好きさんは、麦茶(水だしの紙パックのヤツ)を担当する事になりました。
海好きへご来店の際にはぜひその辺のコンビニやスーパーでちょいと購入してお持ち頂けると非常に嬉しいです。
電車ダイバーさんにも重たくない(荷物にならない)のでお持ち頂きやすいかと。


みんなのちょっとの気持ちを確実な形に換えて、直接現地の方々に届けましょう。


お届けは我々の仲間、TSUNAGARIの代表かっつんが責任を持って直接現地の方々にお届けします。

ご協力よろしくお願いします。m(__)m

さっき、かっつんがマリングに来て

「日記書いてよ~。」 

っと怒られたのでwww、自分で書くよりプロであるテラ(和尚)さんの日記を転載する。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1735399091&owner_id=8265224

かっつんブログにも転載されているのだが、写真が無い代わりにかっつんのコメントが挟まれているのでこれまた判りやすい。
http://ameblo.jp/katsumata3/entry-10920646426.html
(音楽が流れるので注意)


そしてご報告。

皆に声をかけて支援金を集めた手前、言いにくい事や言い辛い事、気になっているが聞けない事をあえて言わせて頂いた。
集まった支援金の事だ。ちょっと気になっている方も多いと思う。


皆から集まった、そして現在でも集められている支援金はまだ一切使っていないそうだ。

『遠慮なく使いなよ。みんな使って欲しがってるんだよ?』

というと、

『まだ大規模な地震が起きるかもしれないし、どういう状況になるかも判らない。そして間違いなく先の長い支援活動になる。
今はまだ自分自身の貯金を切り崩して活動資金は何とかなっているので、皆からの気持ちのこもった熱い支援金を使うのはもうちょっとタイミングをみたい。』

との事だ。
使い切ってしまうのが怖いというのが本音なのかもしれない。


確かに、現地の様子を見てしまうと肯かざるを得ない。

果てしなく広がる荒れ果てた土地。
未だに物資が届かない現地。
完全に後回しにされている土地。
撤去作業・復旧作業など入っているにもかかわらず想像以上に進んでいない作業現場。

そしていつ途切れるかわからない支援金の寄付。
マリングからの支援金をみても、まだ3ヶ月しか経っていないのにもかかわらず明らかに熱は下がってきているのが解る。

これらの現場を見ている、そして接しているとイザという時の為に使うタイミングをみたいというのも解る。

今はまだかっつん自体が毎日のように現地を飛び回っている状況なので収支、経理など人的不足にてなかなか細かく記録し続けるのは難しいと思う。


NPO法人への申請も検討しているそうなので、NPO法人認可がそのタイミングかもしれないし
その前になるかもしれないし、そのもっと後かもしれない。
6月に最大の余震が来るとも言われているので、その後かもしれない。


支援金の使い方などいくつか話し合って提案もあったので
使用用途、時期がはっきりした時には必ず報告をするのでご安心を。

オイラの勝手な意見だが、貯金から活動資金を捻出しているのなら
そこの補填に充てたってイイと思う。

現場の様子など、写真をmixiフォロにアップしているのでぜひ見てみて欲しい。
そして日記代わりに写真にコメントをパラパラ残しているのでそこもぜひ読んでみて欲しい。
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000023453705&owner_id=5657327


写真でどこまで伝わるか解らないが、あんなにも広く被災地が広がっているとは思わなかった。
かっつんが、あんなにも現地の方々と密に接しているとは思わなかった。
あんなにも物資に困っているとは思わなかった。
あんなにも行政による支援が行き届いていないとは思わなかった。


詳しい話を聞きたい方はマリングに来た時にでも遠慮なく気軽に聞いてみて欲しい。
リアルな現実をお伝えしようと思う。

■高速休日1千円、19日で中止...国交省方針
(読売新聞 - 06月01日 03:16)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1621161&media_id=20


これで渋滞緩和されるぅ~~。

サンデードライバーが減るぅ~~。

事故渋滞が減るぅ~~。

2年前の正常な東名高速に戻るぅ~~。

東京から伊豆ダイビングツアーに毎週末行っているオイラ、
そしてマリングにとってはこれ以上にない朗報です♪

ちゃんと高速代払ってでも渋滞しないで欲しいもんね♪(*^_^*)

6月7日(火)に、テラ(和尚)さん、海好きのふくちゃん、かわっきー、そしてオイラの4人で
東北、仙台、山形に行くことになりました。
支援物資の運搬、人的支援、そしてダイバーとしてダイビング関係者として何ができるかを視察してきます。

そして、皆さんの支援物資のご協力お願い致します。
下記のものが現地で今現在不足しているそうです。

扇風機  20台
味噌  200Kg

マリングからはお味噌が集まりやすいかな~っと思います。
マリングに来店の際、どこかのスーパーなどで500g~1kgほど買って持ってきて頂けると非常に助かります。
多ければ多いほど助かりますが、無理のない程度で結構です。

TSUNAGARIという支援団体を通して、現地に直接届けます。

中古の扇風機などもお持ちでしたらぜひお願いします。

皆さんのご協力よろしくお願いします。

断食ダイエットをしていると何故だかお腹ばかり太ってきました。
あれはちゃんとやらないと完全に逆効果だね。(´□`。)

さて、今週末の27日(金)、28日(土)はオイラの誕生日パーティなのです。
http://mixi.jp/view_event.pl?id=61836920&comment_count=18&comm_id=3656901

寂しがり屋なオイラを祝いに来て欲しいっす。
んで、ビールの一杯でもゴチしてくれればオイラは泣いて喜びます。

料金や営業時間は通常通りなので、気軽にダイバー同士の交流会というノリで参加してくれれば嬉しいな。


さて、ちと真面目な話。

オイラにとって36歳とは特別な年齢。
何故なら母親が他界した年齢が36歳。
当時オイラは10歳。極寒の地、札幌で真冬の話だ。。。

それ以来、母親の年齢を追い越すことが、そしてそれまでに立派な大人になっていることが人生の目標となった。
いや、目標と言うより興味に近い。どんな大人になっているのかという興味、そしてどんな女性を伴侶にしているのだろうという興味。
漠然と36歳の自分を思い浮かべて夢想してきた。

自分の母親をこう言うのもなんなのだが、この歳になって改めて思い返してみても、べらぼうに良いオンナだと思う。
容姿やスタイルもさることながら、一人の女性として、そして二児の母として最高とも言えるオンナだった。

細かいことはあえてここでは書かないが、脳内の動脈破裂によってある夜突然倒れ、救急車によって運ばれる母親の最後の言葉は

『しのぶ、たかし、晩ごはん作れなくてごめんね。』

だった。
26年経った今でも鮮明に思い起こせて涙が出そうになる。

死の淵の激痛と苦しみの最中、子供の心配をするような母。

オトコとして、そんな女性と愛し愛されるようになっていたい。そう想い続けてきた36年だったような気がする。そしてそれは変わらないだろうと思う。


そして、立派な大人と言っても人によって千差万別、主観の問題で捉え方はどうとでもなる。

ガキの頃のワガママと虚勢に充ちた強がりで学歴社会に背を向けたオイラが、人並み以上を追い求め身を立てるには実力が即反映される完全歩合制の職業が都合よかった。

水商売、営業、販売、勧誘、株や為替。
それらの職業そして起業、成功と失敗、ぬか喜びと挫折の繰り返しを数多く経て、現在マリングという店舗を経営している。
自分ではなかなかよくやっている方だと思うのだが、他所から見たらどうなのだろうと不安になるときもある。

遊びで潜って遊びで酒を飲んでいたのを職業に変えたことに反感を持った方も数多くいるだろう。
オイラが嫌いな人間は来なくてもいいというある意味ワガママなスタンスに抵抗がある方もいるだろう。
どう見ても自分自身が遊んでいるようにしか見えない営業スタイルを受け入れられない方もいるだろう。

もっと言えばセクハラ、下ネタ、下品で嫌いっという方もあり得ないくらい大勢いるだろう。


母親の年齢に追い付いた今年からがオイラの本当のスタート。
漠然と理想の影を追うのではなく理想の前を歩き、更なる理想理念に向かって進み、必要とあらば創りあげていく。

その為にも今後は下ネタ発言を抑え、きちんとダイエットに取り組み飛び出た腹を凹まさなければなるまい。


さっき、深夜に牛丼食べちゃってごめんねママン。

先日いらっしゃってくれたお客さんの話。

初ドライスーツでおそらく都市型ショップ。
5人同時に初ドライスーツ。たぶんドライスーツ講習。
全員潜行できず、足を引っ張られ頭を押さえつけられ無理やり沈んだが
みんな次々にプカ~プカ~っと浮いていく。

ジタバタしちゃって当然水没。

彼女曰く、
もう二度とドライスーツは着たくない。
もう二度と大瀬崎では潜りたくない。
もう二度と日本では潜りたくない。

日本の海 = 寒くて汚い。

小笠原や沖縄でさえ、【日本の海】というレッテルを貼って、潜りたくないと言う。

プラス浮力のダイバーを無理やり沈める??
5人同時にドライスーツ講習??
水没して寒い思いしかない。

彼女は悪くない。被害者だと思う。
そんなショップを選んでしまった被害者だ。
そしてそんな拙い技術と浅はかな考え方でガイドをしている事が信じられない。

一度貼りつけられたレッテルを取り除いて伊豆の海に再チャレンジさせるということは実は半端じゃなく難しい。
ちゃんとドライスーツ講習してあげて、ちゃんと中性浮力教えてあげて、ちゃんと伊豆の海を案内してあげたいなぁ。

さて、明日4月10日(日)は大瀬崎のダイビングショップ【ちびすけ】さんの「かわちゃん」にお世話になって大瀬崎を満喫してきます。
現在マリングにてうみうし写真展を開催してくれているウミウシの事なら何でも任せてっというショップです。
マクロが得意だから【ちびすけ】。

ゲスト5名+オイラ。めっちゃ楽しみです~♪
デジイチ持って入っちゃお♪

オイラ、最近の不謹慎ブームに嫌気がさしまくっています。
不謹慎という言葉を発するヤツを目撃するだけで意味不明に攻撃したくなるwww

声を大にしてアホかと言いたい。何処の誰のために自粛するんだ?っと。
無意味に自粛することによって、本来生まれるはずの経済効果や義捐金が失われる。結果、復興の妨げにしかならない。

こんな時だからこそ大いに活気付くべきだ。
こんな時だからこそ目一杯遊ぶべきだ。
こんな時だからこそたくさん笑うべきだ。

笑う門には福来る。(わらうかどにはふくきたる)

なぜそんな単純なことまで忘れてしまうんだろう。

っということで(どういうこと?)、本人たちに全くの無許可で
非常に失礼なことをホザいてみようかと思います。

JUNちゃんのナース
せばさんの高校女教師
やよいちゃんのケーキ屋さん

この三人をその気にさせることができれば、日本中で敵無しのリアルイメクラを作れる自信がある。


うん。ごめん。悪気は無いのよ。怒っちゃいやよ。

さて、お知らせが数点です。

●マブール・シパダンツアー
6月17日(金)~23日(木)
http://mixi.jp/view_event.pl?id=60546717&comm_id=3656901

残席3名。そろそろ確定させて顔合わせ飲み会など企画したいのでお早めに~。


●マリングTシャツもうすぐ完成です。
速乾性のちょっとイイ生地を使いました。サッカーのユニフォームみたいな生地です。

もちろんチャリティも絡めます。
販売価格3,000円(内500円は義援金カンパです)


●毎週月曜日 占術師Mewのチャリティ占いはじめました。
占料1,000円で20分程度の鑑定。内500円は義援金に廻させて頂きます。

これがまたやたらとオモロいっす。オイラも何度も占ってもらってる。
個人でこっそり占ってもらうことも可能ですし、みんなの前でワイワイ占ってもらうことも可能。
大爆笑の占い続出です。これがまたなぜか当たるんだな~これがwww


●大瀬崎ダイビングショップ ちびすけプレゼンツ うみうし写真展開催中です。
5月12日まで展示してあります。
うみうしの粘土細工・フエルト細工・うみうし折り紙など、ご希望があれば購入も可能です。

しのっちのセルフバーニング

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